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認知の外部化問題、「自分の認知外の領域の話題は知る術がない」。
至極当たり前の課題だが、Webの発展等により、急速な勢いで人々はその認知領域を広げている。
とはいうものの、認知外のものというのは至って存在しており(形而上学的に考えればそりゃそうだ)、その領域を如何に拡大するか?がそもそものITサービスの重要な使命なんだろうなぁ、と思う。
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認知の外部化問題、「自分の認知外の領域の話題は知る術がない」。
至極当たり前の課題だが、Webの発展等により、急速な勢いで人々はその認知領域を広げている。
とはいうものの、認知外のものというのは至って存在しており(形而上学的に考えればそりゃそうだ)、その領域を如何に拡大するか?がそもそものITサービスの重要な使命なんだろうなぁ、と思う。
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ちょーっと古い記事。人月商法の問題点について指摘されている。
“脱・人月契約”の選択肢
100人月かかる開発プロジェクトがあったとする。一人のSEの単価が月額150万円なら,開発費は1億5000万円になる。このプロジェクトを1 億5000万円で請け負ったインテグレータが生産性を高める努力をして,80人月で終わらせれば,その分利益が増える。ところが現実には請負契約にもかかわらず,インテグレータは顧客にSEの体制図を提出したり,顧客のコンピュータセンターにSEを常駐させたりしている。請負というよりも,実態は準委任あるいは派遣契約と言える。
ここで気付いたのだけども、http://script.aculo.us/の最新版はprototype.jsの「version 1.4.0_rc2」を使っているっぽい。
「バージョン変わっても大丈夫だろう」ぐらいに思ってたけど、若干動作が異なるようだ。
どうしたものか。気が向いたら直そう。
ここにも影響あるなぁ。。。
ここの続き。
JavaScript+PHPではてなのFotoliftとmixiアルバムをウインドウ上に出すのを作ってみた。
概要 DEMO
学習用の意味が大きいので、まぁ全然作りこんでないです。
本当はもっと色々したかったのですが、10月はちょっと忙しかった(残業50〜60hぐらい)ので、あまり何もできなかった。
それにちょっと飽きてきたし、今別に考えていることがあるので、そっちを進めたいなぁ、と思っているので、とりあえずリリースしてみることにした。
あとあまり関係ないが、http://script.aculo.us/がちょっとバージョンアップした気がする。
ヘンな動作がなくなっているような。
それはそうと、この日記。
http://tabesugi.net/memo/2005/a3.html#262304
「カイジ」のエスポワール編の利根川演説に感動する人々のことを思い出した。
ユーザグループの勉強会とかいくとよく見る光景なんだけども、「○○さんってすごい!」みたいなホメ話がぽんぽん出てくるんだよね。
リップで言っているのか?いやぁ心底って気がするよ。
っていうかさ、「蔑むべき対象は徹底的にこきおろし」「尊敬すべき対象は無批判に褒め称える」って傾向はシステム業界の人間ってつよくないですかぁ?とは思うのです。
他人の作ったシステムはとりあえずこきおろし(まぁ自分の立場を上げる為にあえてやることもあるが)、はやりの開発手法はよく分かってないのだけどもとりあえずイイ!ってことにしてしまう。
(いいものはいいに違いないのだが「なんかよくワカンないんすけど、いいっすよね、これ」ってどうなの?)
まぁ自分のその傾向はあるんじゃないの?ととりあえずエクスキューズ打っておいて。
そういや、伊藤理佐子が週刊文春のマンガで書いていたや。
「最近どういう人間と気が合わないか分かった。リスペクトという言葉を使う人」
ふーん、キャッチーなのはいいことだ。
この、メインカルチャ( = 旧来の難解なコンピュータを取り巻くあれこれ)に代わって登場した、現代の新たなネットワークがもたらした知的環境が可能とした技術文化を、言葉の真の意味でのサブカルチャと捉え、また、90 年代が意味を付与した「サブカル」という響きに表される楽しさ・ユーモアを技術的表現に見いだしていく態度、それを我々は「サブカルテクノロジ」と名付ける。
つーか、ギークってことか?
日本一影響力のあるブログって?
Bloglines内での集計だが、
800万といわれる世界中のブログに対して、Bloglines で一人でも購読している、つまり「誰かが読んでいる」ブログは 1,356,081 ブログ。9割超のブログは誰にも読まれてないことになる。20人以上に購読されているブログの数は、世界で 36,930 個。2ヶ月前からはじめたこのサイボウズ研究所プログラマーブログも、おかげさまで現在 42 購読者。なんとかこのカテゴリに入ることができた。
とても有名で、1000人以上が購読しているブログとなると、その数は一気に減って 437 個。この 437 個のブログの書き手は、ひとつエントリを書くごとに 1000 人以上に物事を伝える力があることになるわだ。
ということらしい。
で、1000OVERのブログを見てみたのだが、まぁやっぱり有名どころばかりだな。
というか、グラフを見ても思ったのだけど、20OVERのブログの割合もホント少ないのね。
(Bloglines内の数字ですが)「1,356,081」という数自体がまだまだ少ない気もしますが。
・・・つーか、mixi会員数のほうが多くないですか?
「PGの復権」話を引き続き。
とりあえず、PGとSEの違いを認識してみよう。
大きな違いを明確に提示すると以下のようになるでしょう。
・SEは仕様を「作成」し、PGに指示を出し作業を行わせることができる
・PGは作成された仕様を「理解」し、それを実現するプログラムを作成す
まあ大体これが業界の共通認識だな。
SE単価>PG単価っていうのは派遣業界ではまかり通っている事実だし。
つーかこんなんだからプログラミングという行為自体が蔑まれるのだ。
経験ある人間がどんどんと見切りをつけていくのだ。
かつては「パンチャー」という仕事があって、プログラムをパンチする職業があり今は言語の発展によりほぼ死滅しているわけだが、やっている作業自体は経験則がものをいったり、テクニカルなことが多いのに、パンチャー作業にまで貶められている気がするのは気のせいか。
まぁ最近でこそITの活用が広まり出番が増えたり、小規模案件の発生により、プログラマという言葉の重さもまだまともになった気がするが、90年代後半ぐらいはほんとにひどかった気がする。
つーかさ、単価設定の為の方便にしか過ぎないでしょ、これって。
モノがちゃんと動くのであれば、別に作り手の肩書きがPGだろうがSEだろうが「どうでもいいこと」であり、とっとと人月商法から脱却できる糸口があればなぁ、とは思う。
せめてアシスタントプログラマーという言い方があったらもっと世界は変わっていたのかな。
なーんてね。
むっかしから思ってるんだけど、別に肩書きで単価変わるんだったら、全員SEで受注すればいいんだよ。
資格なんてなんだしさ、別に。
その名の通り、短い時間(5分とか)でいいので、毎日誰かが技術ネタをプレゼンする。
こういう取り組みをするしないにより会社(及びそれを構成する社員の)技術力にどんどん格差が出てくる。
何度も書くように、「知」を落とし込める体制の会社は強い気がする。
まぁあとは「どうやって外部の新しい知識を時々導入するか」かな。
今って開発論バブルな気がするがこれは気のせいなのか。
業務アプリネタってあとは業務トランザクションの外部化ぐらいしかないんじゃねーの?とは思うが。
MDAとかあっても、結局、どこかでソースコードやXMLなどのプレインテキストに落とし込まなければならない(というかそうしないと加工がきかない)。
サブシステムでもサービス(SOA)でも粒度はなんでもいいのだが、ノード間の効果的な接続を実現するソースをひたすら生産するのが仕事になっていく気がする。否、昔からそうではあったのだが、それが顕著になっていくってことか。
もう一つ話をすれば、もし運用開発が今後発展していくとすれば、継続してその場にいなければならないのはどういう能力を持った人間か?
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